QCの優位性(Quantum Advantage), QC超越性(Quantum Superemacy)はいつ起こるのか?
2日目、White氏が朝飯を先に済まして、立ち去った後、今度はこの紳士が「ここ良いか」と言ってやってきた。ちと話をしたら、午後のスピーカだと分かった。面白そうなタイトルなんで後で行くことにした。それがDoug Finke氏だった。
講演するGlobal Quantum IntelligenceのDoug Finke氏、Chief Content Officer
タイトルは”QUANTUM ADVANTAGE: AROUND THE CORNER OR STILL A LONG WAY OFF?”だった。「量子の優越性はもうそこまできてるのか?それとも、全くの夢なのか。」良い質問だね。
まず最初に優越性と超越性って違うの?
QCの優越性と超越性
量子超越性(りょうしちょうえつせい、英: Quantum supremacy)とは、プログラム可能な量子デバイスが、どの様な古典コンピュータでも実用的な時間では解決できない問題を解決できることを(問題の有用性に関係なく)証明することである[1][2]
それよりも弱い量子優位性 (quantum advantage) は、量子デバイスが古典コンピュータよりも速く問題を解決できることを表す
量子超越性には概念上、処理能力の高い量子コンピューターを構築するエンジニアリングタスクと、知られている最善の古典アルゴリズムに比べて、その量子コンピュータを用いて超多項式 (en:superpolynomial)の高速化ができるような問題を見つける計算複雑性理論上のタスクが含まれる[3][4]。この用語は元々ジョン・プレスキルによって広められたが、量子コンピューティングの利点、特に量子システムのシミュレーションの概念は、 ユーリ・マニン (1980) [5]およびリチャード・ファインマン (1981)の量子計算の提案にさかのぼる[6]。
「量子超越性」wikiより一部引用
英語での「Supremacy」は白人優位性などの語句と被るので、Primacyと言い換えるべきだという議論もある。
上を読んで、「ふむふむ」と理解できる人は筆者に説明して欲しい。何やらよくわからん。もっともわからんのは筆者だけではないようで、あちこち調べると、この2つの語句を同義語として捉える人もいる。そこで、筆者の独断と偏見(得意技)で理解すると、優位性はビジネスなどで利用する際にQCが古典より速く実行できることで、有益性が必要。超越性は有益性はどうでも良いので、兎に角古典より速く実行できることと見つけたり。そう理解すると、2019年にGoogleが超越性を主張したのは、納得が行く。Googleの使ったQC回路はQCが速いということを示すための全く有益性のないものだったから。新しい技術が生まれ、それが進歩していく過程の中で、ともかく「古典より速い」ということを最初に示し、そして、「進化して多くの問題に適用可能となり、古典よりも速い」が正しいのだろう。
ここで、もっと考察すると、NISQとFTQCとの関係はどうなんだろうか。1990年代に開発されたQC Algorithmは全てFTQCを想定していた。有名なShor’s Algorithmは古典と比較すると指数関数的に速く実行できる。一方Grover’s AlgorithmはXXXでしかない。しかし、どちらの場合も有益なビジネス問題をに適用される。上の理解をベースにすれば、この2つは量子優位性を示すものだろう。しかしながら、現在はNISQの時代。NISQ上で実行できるVQEやQAQOは古典よりも速いとは言えない。もちろん、Shor’s もGrover’sもNISQ上では実行できない。しかし、超越性は話が違う。それをGoogleが示した。(もちろん、その後色々な議論がなされたが、それは後で。)
例によって、前置きが長くなった。
Finke氏は、このGoogleの量子超越性とそれに続く他の例もあげた。もう一度、超越性は何も有益な意味は関係なくともかく古典より速いということが重要。
最後の文章は非常に興味深い。「今日の超越性」も「明日の超越性」を保証するものではない。研究の世界、どこかで誰かが「こんなすごいものを発明した。」というと世界のあちこちで、検証が行われ、研究が行われて、「ちょっと待ってください。古典でも新しいAlgorithmで同等のスピード出てまっせ。」という論文が発表されてくる。実に面白い。
どうしてそうなるのかを説明したのが次のスライド。
1。algorithmの改善、2。ハードウエア・アーキテクチャの改善、3。大規模のデータセンター、4。大規模のプロセッサ・チップ、5。半導体技術の発展
QC優位性への移行の過渡期として、QC Inspiredということが言われている。
最近、テンソル・ネットワークalgorithmベースのアプリがGPU上で実行される「Quantum-Inspired」を見るようになった。これは、まだ古典の延長だ。
次にくる質問は、そうしたら量子優位性はFTQCを待たなければならないのかということ。量子優位性のを見ると、全てのアプリに関して古典よりも速くなければならないとは書いていない。では、量子優位性はFTQCがなければ到達できないのか。
これには2つの対立する意見(Intel & PsiQuantum)対(IBM、Pasqal、Rigetti)。前者はFTQCが必須。後者は必ずしもいらない。前者の根拠は、NISQでは使い物にならないから、優位性なんてとんでもない。後者の意見は興深い。
全部ではなくても、いくつかのアプリに関しては使い物になる結果をもたらす。故に優位性を示すことができる。その理由は
- 古典とQC Algorithmをハイブリッドで使用
- 中性原子プロセッサ(PasqalやQuERA)のアナログ・モードを使用
PASQAL のニュートラル アトム プロセッサのアナログ モードは、デジタル モードで使用される反復アプローチとは対照的に、量子コンピューターが答えに向かって継続的に進化する計算モードを指します。
アナログ モードでは、ニュートラル アトム プロセッサ内の量子ビットはアナログ オブジェクトとして扱われます。
- Qubitのゲートの計算の精度の向上
- ソフトウエアによる、「エラー軽減」と「エラー抑制」
- QAOAやVQEなどに見られるエラーに強いAlgorithmの使用
前者は理学部的な見解で、筆者の出身である工学的に見れば、後者の方が正しいだろう。ある技術が進化して浸透していくときに、最初から100%の解を求めてもダメ。最初は10%くらいから始めて、徐々に進歩して最終的に誰でもどこでも使えるようになっていくのだから。
Finke氏は数枚の技術的なスライドを提示したが、まあ、話の本筋としては、QCを作るのは簡単ではないということだ。でも、この1枚はここで提示したい。QC Qubitは色々な種類があってあちこちに比較表が載っている。かくゆう筆者も最近(2023年9月号)のCQ出版社のInterface でQCの記事(pp 36-46)を書いてその中にもっと簡単な表(pp 44)載せた。
Finke氏のスライドから、それぞれのQubit実装方式の比較
最終的な結論スライドは
1つずつ見てみよう。
- 2−3年のうちに幾つかのアプリにかぎって量子優位性を打ち立てることができると思う。(筆者:これには同意。今それがどのアプリなのか、研究者はしのぎを削ってる。量子化学計算なのか、金融業界の何なのか。多分「最適化」ではないだろう。)
- NISQからFTQCへの移行は緩やかなもので、ある日突然大きな進歩が起きるわけではない。(筆者:これも完全に同意する。小さなことからコツコツと積み上がり、進歩していくだろう。)
- 変化の過程は、NISQ->初期のFTQC(富士通の佐藤博士の語句と同じ)->Goliath FTQC -> Distributed FTQC -> Turbo FTQC 最後の3つの語句は、以下に説明
Goliath、Distributed & Turbo FTQC
Goliath FTQC – 将来の直接的な方法は、現在のハードウェア アーキテクチャを強引にスケーリングすることです。 最終的には 10,000 以上の論理量子ビットが必要になります。 デバイスの設置面積が大きいと、本当に巨大なマシンが必要になり、手頃な価格が圧迫される可能性があります。
Distributed FTQC – 量子対応ネットワークの出現により、新たなニッチな機会がもたらされます。 最終的には、量子もつれベースの量子インターネットにより、量子リソースが文字通り指数関数的に増加する可能性があります。
Turbo FTQC – より広範囲の量子高速化を実現できるようにするには、より高速な論理クロック速度、低いオーバーヘッド、および QRAM のハードウェア効率的な実装などの機能を備えた新しいアーキテクチャが理想的です。 そのようなアーキテクチャを構築している人はまだいませんが、いつか誰かが構築すると信じるのは合理的です。
Global Quantum Intelligence社のQuantum Computing Reportの記事の一部を引用、日本語訳はGoogle Translate
- 最終的にFTQCが到達されるまでにもっとたくさんの優位性を示すことのできるアプリが開発される。(筆者:今までの技術の発展と同じ傾向を辿るだろう。)
Finke氏の最後の言葉が明日へのQCの進歩に対する期待を膨らませる。
世界の科学者とエンジニアのイノベーションを引き出す力を過小評価してはならない。
Doug Finke氏、Q2B Tokyo 2023年の講演から