よろずQCのZen問答:QC(量子コンピュータ)市場は2024年 には913億円規模に近づく、Hyperionが予想 

これは、最近のHPCWire(以後HWと省略)の記事を解説するblogだ。HPCWireの記事はHyperion ResearchBob Sorensen氏(VP of research and technology and chief analyst for quantum computing、氏のHyperionでの役割はここ)の2021年の最近のHPC User Forumでのスピーチに基づいている。実はSorensen氏は2020年のHPC User Forumでも同様の発表を行なっている。それとの比較もしてみたい。QC分野で著名なCalTechのJohn Preskill教授がtweet(@preskill)で「通常は市場規模の予想の記事は真剣には取らないけど、この記事はいい線言ってると思う。」と述べているので、思わず見てみた。因みにPreskill教授はNISQの名付け親

Hyperion ResearchのBob Sorensen氏、出典:Hyperion Research
John Preskill教授、出典:CalTech

概要

Sorensen氏の講演の概要は次の様だ。

  • 全世界での2020年のQCの規模は352億円程度(+/- 33億円)だ。
  • 2020年から2024年の間の市場規模の成長の年平均成長率(CAGR)を27%とすると2024年には913億円となる。筆者注:確かに、27%で複利計算をすれば、4年でこの値になる。
  • QCの市場規模の今後3年のうちは、50%がハードウエア、筆者註:これは、BCGのレポートと同様の予測。
  • 主なalgorithmは、Optimization(含:組み合わせ最適化)、simulation(含:量子化学計算)と機械学習(ML)だ。筆者註:Boston Consulting Group (BCG)レポートでは、これに暗号も含まれていた。
  • 現在のところ、アーキテクチャーの順番は、NISQ(量子ゲート型)、その次にアニーリング・マシン、ついで、simulatorだ。
  • QCへのアクセスはcloudからの方が直接アクセスの3倍である。筆者註:QCへのcloud アクセスは前のblogを参照。

市場規模

上でSorensen氏がQCの市場規模の予想を2020年から2024年にかけて提示している。QCの市場規模の予測はこの他、あちらこちらで発表される。最近ではBoston Consulting Group (BCG)が「QCの実現が、”もしも”から現実になったら」と言う記事でQC市場は2040年には94兆円規模になると予想していた。このレポートの解説は筆者のblogで。HWは2020年は352億円で、2024年には913億円と予測している。もちろん、どちらの予測もあくまで予測であるが、BCGの市場規模予想はHPCWireのより長い期間を扱っている。それだけ、将来の部分はより不透明で大雑把だということだと理解している。

注:1) 単なる翻訳とならないように、BCGとHWのデータを筆者なりに解析したり、論評を加えている。2) 元の記事では金額は米国ドルで提供されているが、$1 = 110円で換算してその値を示した。

まずBCGのデータをグラフで表してみよう。BCGのレポートでは、市場規模はラフに2030年以前、2030年以降2040年までと2040年以降の規模が与えられている。それぞれ、1.1兆円、18.7兆円と94兆円だ。グラフで表示するために、それぞれの値を2030年、2035年(2030と2040年の真ん中ということで、大体が概算なんで、こうしても全体を掴むには支障はなかろう。)と2040年のものとした。BCGは2020年と2021年もそれぞれ、747億円と880億円としている。単純計算すれば、2020年から2040年の20年で1,260倍程度上になる。

筆者注:なお、規模の伸びが増大なため、縦軸の規模の額は対数ベースで億円をベースに対数表示とした。簡単なために欄外に見方を示した。

BCGのレポートによるQCの年毎(2020-2040年)の市場規模

億円から兆円

1万(10,000) 億円は1兆円、10万(100,000)億円は10兆円で、100万(1,000,000)億円は100兆円

氏は幾つかの観点から興味深い発言をしている。

Qubit実装の技術に関して

Sorensen氏はあまり技術的な解析を示していないが、その中でQubitの実装方法に触れている。Sorensen氏はMichel Kurek氏の図を講演に使用した。その図はかなり詳細で以下に示す通り。8種類の方式とそれぞれの方式を採用している会社のリストが簡便にまとめている。BCGは有力な方式を、超電導、Ion Trap、光子、半導体、Cold Atomに絞っている。ColdQunata社は(Cold Atom方式だからかもしれないが)、このうち、半導体は実装できても、かなり時間が掛かると述べている。(下に表示)ところで、全ての下のリストを詳細に見たわけではないが、Cold Atom方式の中にColdQuantaが含まれていない。このリストの制作者のKurek氏によればこの図は1年前に製作されている。ColdQuantaの創始は2007年なんで、単に見過ごしたのだろう。

Michel Kurek氏linkedinのサイトより
ColdQuanta社のQubit技術への見方、出典:ColdQuanta社

これを提示した後、Sorensen氏は15年も経てば、今のような多くの種類は存在していないだろうと発言した。それはそうであろう。しかし、多くの人が予想しているように、最後に残るのは半導体技術や製造技術・製造装置をちょっとした変更で利用できるシリコン型なんだろうか。一番良いものが残るとは限らないのは、Beta vs. VHSで経験済み。

QCの市場は進展・発展が速いスピードで進んでおり、最終的にどのようになるかは現段階では予測が困難であるが、1つ理解しておくことは、将来に渡っても「量子コンピュータ(QC)」という分野が存在することは確かだろう。そして、QCは1つの独立した技術ではない。つまり、こちら側古典コンピュータがあって、あちら側にQCがあるという風に完全に独立したものではなく、QCは高度なコンピューティング用の1つのツールとして考えられるべきだ。比喩をあげるのであれば、GPUの1つの版のようなもので(グラフィクス的なものの処理を速くすると知られている)、重要であるがある限られたアプリケーションのみに対して優れた性能を発揮するが、全体的に高度コンピューティングを補足するもので、それに置き換わるものではない。

国家・地域レベルの動き

米中競争

Sorensen氏は研究論文の数のトップ10に入っている6カ国を下の図で示している。正確な数が書いていないが、グラフを読むと中国が1,660に対して米国は580くらいだ。その他は、フランス、420、オランダ、230、英、220、シンガポール、220だ。研究論文の数だけ見ると中国がはるかに米国に優っているように見える。Sorensen氏はここで、聴衆に注意している。トップ1と2は中国の2つの大学・研究機関で占められている。たくさん論文を発表しているのは、中国のQCにおける研究の質の素晴らしさを示す使命を帯びているからだ。だから、この2つの大学・研究機関の発表を見れば、中国全体の絵が見える。米国は中国と同程度の数の論文を発表しているが、論文はもっと広く数多くの研究機関、政府機関、大学から発表されている。

HyperionがScopus DBから抽出、ScopusはElsevier社が所有

コンソーシアム

参加者が競合しないコンソーシアムが世界の様々の国で形成されている。以下はそれのまとめ。

こういったコンソーシアムの目的は量子技術の標準、サプライ・チェーンのフレームワーク、資金、, ユースケースの開発と如何に実際に適用するか等を開発することだ。

QCによる性能増加とユーザーの採用動機

Sorensen氏は115人のユーザーにアンケートを行なってQCによってアプリケーションが今の古典コンピュータに比して、どのくらい速くなったら、採用するかという結果を提示している。元の表は小さくて(大きくすると解像度が悪くなる)見にくいので、筆者が元データを元に書き直した。それを示す。

性能がこれだけ増加増加(Xは倍速)したら、QCを採用する人の%

これをまとめると、

  • 250Xとそれ以下の性能増加でQCを採用する人が78%以上
  • 50Xとそれ以下でOKは42%以上
  • 10Xとそれ以下でOK20%
  • 5Xとそれ以下でOKは7.8%

その中の一人はSorensen氏に、今のSuper Computerの速度が50倍が達成するには4-5年は掛かる、今QCで50倍速が達成できるのであれば競合に勝つことができると述べた。(だから、QCでこの性能が達成されるのなら、採用する。)このユーザーが典型的なユーザーで多くのユーザーを代表しているとは限らないが、普通のユーザーが求めているのは、よくニュースで報道される「量子超越性」が必須という訳ではない。

筆者注:ということは、NISQ時代(BCGのレポートによれば、2030年頃まで続く)でも古典コンピュータで解くよりも50倍早ければ、QCを使用することが可能ということだ。最近解説した「F-VQE」はものによっては10-100倍の速度の増加が認められる。これは、QAOAが適用される組合せ最適化問題に使用できる。これが示すことは、エラー自動訂正が完成しなくても、NISQ用のalgorithmを改善することに意味があるということだ。

プレーヤー

Sorensen氏は以下の表を提示している。

この記事では出典を示していないが、2020年のSorensen氏の発表では出典はQuantum Computing Reportだとしている。日本からはBlueqat社Qunasys社が記載されている。行はソフトウエアやSDKの各社で列はハードウエアの会社で、どのハードウエアがどのソフトウエアやSDKと連携しているかを示す。

実際に数えた訳ではないが、かなりの数の企業、大学、研究機関、投資家などが関わっている。Qubitの実装方式もいくつもあり、どれが生き延びて標準になるかわからない。Sorensen氏がいうように、15年後も同じように多種の方式が生き延びているとは思えない。最も、1つに絞られているかどうかは微妙ではある。

Sorensen氏のまとめ

このQC(量子コンピュータ)分野の面白いところは、この分野が素晴らしく、分かりにくく、興味深いところであり、色々なことが同時に多くの方向に起こっていることだと述べている。Qubitの実装方法も多数あり、それぞれの接続も。1,000qubitのQCプロセッサを作ったら、それをどう組み合わせて100万qubitプロセッサー・システムを構築するのだろうか。量子LANという考え方もある。実際のenterpriseの環境でどのようにして高性能を実現するQCを構築するのだろうか。近未来では、たくさんの解決する問題がある。それは、技術だけでなく、QC人材、やビジネス・モデルなどだ。まだまだ、目を話せない。