さて、量子コンピュータ(QC)は2030年に掛けてどう推移するのか?(上)

QCWareのQ2B

今年のQCWareQ2Bには残念ながら大人の事情で参加しなかった。現在Q2Bは元々のシリコンバレーから、東京やパリでも開催されている。今年の東京での写真集はここで。QCWareが多くのセッションのビデオを早くからYoutubeに掲載しているので、ざあっと見てみた。その中の1つが興味を引いた。皆が思う、「一体いつになったら、使い物になるQCができるんだろうか?」という疑問。当初、熱心にQCを追いかけていた人も、あまりの進捗のなさに、追いかけるのを辞めてしまった。彼には時折、進捗を言うのだが、「そんなもん、役に立つかい。」と無下に蹴飛ばされる。今に見てオレと心に固く誓う筆者であった。

2030年に向けてQC分野はどう動くのか?2029年がキーワード

最近何やら、2030年に向けてQCが大きく動くと言うような記事や、それを間接的にサポートするような情報がバンバン挙げられている。まあ、それぞれをどう見るかは個人の感じ方かもしれないが、なんとしても筆者が生きているうちに1つでも実用される分野ができるのをこの目で見たいと思っている。 筆者のかなりのバイアスだ。Googleは、2021年に(筆者が知る限る最初に)2029年までには何らかの自動エラー訂正のできるFTQCを開発すると言った。Googleの発表の中の「Within the decade, Google aims to build a useful, error-corrected quantum computer.」この場合、今の10年(the decade) は2020-2029年だから、2020年代の内にということは、遅くとも2029年ということになる。

“To reach this goal, we’re on a journey to build 1,000,000 physical qubits that work in concert inside a room-sized error-corrected quantum computer. That’s a big leap from today’s modestly-sized systems of fewer than 100 qubits.”

「この目標を達成するために、私たちは部屋ほどの大きさのエラー訂正量子コンピューター内で協調して動作する 1,000,000 個の物理量子ビットを構築するという道を歩んでいます。これは、現在の 100 量子ビット未満の小規模なシステムからは大きな飛躍です。」

“To get there, we need to show we can encode one logical qubit — with 1,000 physical qubits. Using quantum error-correction, these physical qubits work together to form a long-lived nearly perfect qubit — a forever qubit that maintains coherence until power is removed, ushering in the digital era of quantum computing. Again, we expect years of concerted development to achieve this goal.”

「そこに到達するには、1 つの論理量子ビットを 1,000 個の物理量子ビットでエンコードできることを示す必要があります。量子エラー訂正を使用すると、これらの物理量子ビットが連携して、長寿命のほぼ完璧な量子ビットを形成します。これは、電源が切断されるまで一貫性を維持する永久量子ビットであり、量子コンピューティングのデジタル時代の到来を告げます。繰り返しになりますが、この目標を達成するには何年もの共同開発が必要になると予想しています。」

出典:Googleのブログ「Unveiling our new Quantum AI campus」より

どうも、「1論理qubitは1,000物理qubitで作成する。」というのが業界では広く認められているようだ。1,000論理qubitを用意するには、全部で百万物理qubitが必要である。だいたいこの業界100万物理qubitがまともな演算をするのに必要だと言われている。例えば、光子ベースのQCの会社のPsiQuantum社100万物理qubitから100論理qubitが必要だと主張している。

The catch is the need to correct the inevitable errors experienced by (物理)qubits. Because quantum computers are prone to errors in ways that conventional computers are not, it is currently understood that to create a quantum computer with 100 logical qubits, we would need a system with about a million actual qubits. By adding this redundancy, we are able to distil a perfect “logical” qubit from many imperfect ones.

「問題は、量子ビットが経験する避けられないエラーを修正する必要があることです。量子コンピューターは従来のコンピューターとは異なりエラーを起こしやすいため、現在、100 個の論理量子ビットを持つ量子コンピューターを作成するには、約 100 万個の実際の量子ビットを持つシステムが必要であることがわかっています。この冗長性を追加することで、多数の不完全な量子ビットから完全な「論理」量子ビットを抽出できます。」

PsiQuantumは1論理qubitを作成するには10,000物理qubitが必要だと言ってる。GoogleやIBMは超伝導型qubitでPsiQuantumは光子ベースで違いがあるのか、筆者には分からないが。

因みに、このブログではQCで起こるエラーの詳細やその訂正の仕方には深く触れない。それはそれだけでいくつものブログが書ける。しかし、触りだけは囲みを参照のこと。因みに大阪大学の藤井教授の研究室では、エラー訂正を専門に研究している。

         大阪大学基礎工学研究科 教授の藤井啓祐先生

QC に於けるエラーの種類とエラー訂正の手法

QCに於けるエラーの種類は:

  • Bit-flip(ビット反転):古典コンピューティングでも同様のエラーが生じる。ビットの状態が反転するエラー。
  • Phase-flip(位相反転):古典コンピューティングでは起こらない。Z gateを作用させたように位相が反転するエラー。
  • Depolarizing(脱分極):qubitが量子情報を失い、同じ確率で古典の1か0になるエラー
  • Decoherence(デコヒーレンス):qubitがその量子状態を失うこと。そのため量子演算を続行できない。
  • Gate(ゲート):複数のqubitに演算を施すときに起きるエラー
  • Measurements(計測):計測時に起きるエラーで正しい計測値が入手できない。
  • Cross-talk(クロストーク):1つのqubitに対する演算が近傍のqubitに影響を与えて生じるエラー

主なエラー訂正手法は(詳細は後に書く予定のブログ、もしくはWikiを参照のこと)、(全ての知られているエラー訂正手法はここ

  • Shorコード:多分最初のエラー訂正方(1995年発表)、Peter Shorによって開発された。9物理qubitから1論理qubitを生成。bit-flipとphase-flipエラーを訂正できる。
  • Steaneコード:1996年にAndrew Steaneによって発表された。7物理qubitから1論理qubitを生成。任意の1qubitのエラーを訂正できる。
  • Surfaceコード(Topologicalコードの一部):1997年にA. Yu. Kitaevによって発表された。現在一番有望とされている。スケールすることでも知られている。
  • Concatenatedコード:エラー訂正のコードを複数の層に配置し、訂正の機能を改善。QCのアーキテクチャーに関わらず適用可能。
  • Q(uantum) Low-Density Parity-Check(LDPC)コード:幾つかの長所がある。1論理qubitを作成する物理qubitの数が少なくて済む。

Wikipediaより

Doug Finke氏によるNISQから(初期)FTQCへの移行の説明

そうならば、そういう動きを包括的に説明してくれる人はいないかと思って色々と見ていた。そうしたら、QCWareが今年7月に開催されたQ2Bのビデオの中にDoug Finke氏のプレゼンがあった。Finke氏は昨年もこのコンファレンスでスピーカーを務めた。その時書いたブログはここ、筆者のブログのタイトルは「QCの優位性(Quantum Advantage), QC超越性(Quantum Superemacy)はいつ起こるのか?」その時のFinke氏の講演のタイトルは、”QUANTUM ADVANTAGE: AROUND THE CORNER OR STILL A LONG WAY OFF?”だった。いい加減に訳すと「量子の優越性はもうそこまできてるのか?それとも、全くの夢なのか。」因みにFinke氏の会社はGlobal Quantum Intelligenceだ。

Doug Finke氏、筆者が昨年2023年の東京のQ2Bで撮影

今年の題目は、2種類のQC(NISQとFTQC)の関連性というか、その2種類の今後の関係について語った。 講演のタイトルは”The Upcoming Competition Between NISQ and FTQC“。「今後のNISQとFTQCの競争」。

正直なところ、このブログを書き始めた時は短くまとめるつもりだったが、色々と見て行くうちに結構広がってしまった。いつまで経っても終わらない。文句、文句。。。。まず最初に使う語句をまとめておくと。

語彙

ブログ内では、結構色々な言葉が出てくる。この分野に詳しい人なら、周知のことと思うが、元々英語であったものの日本語訳が決まっていないものも多くあって、筆者はやたらに英語の単語をカタカナ表記するのは性に合わないので、翻訳・通訳が大嫌いなこともあり、そのまま使う傾向がある。

  • NISQ:物理qubitは環境から生じる「雑音」の影響を受けて、量子状態が破壊されたり格納された情報が変更されてしまう傾向がある。そのため、そのような不安定なqubitを使用した量子回路は大きなスケールにはできない。
  • FTQC:NISQの問題を解決すべく複数の物理qubitを束ねてエラー訂正を行いエラー率を減少させて論理的なqubitやgateなどを網羅したQC。理想的なQC.
  • EFTQC:初期のFTQC。EはEarly。
  • Quops: 量子演算数。(qubitの数)* (量子回路のdepth)
  • logical error rate (LER):論理的なqubitやgateでのエラー率
  • physical error rate(PER):物理的なqubitやgateでのエラー率
  • 2Q fidelity: 2つのqubitに作用するgateの演算精度・忠実度・正確度(%)
  • Post-Quantum Cryptography (PQC): QCの出現で、現存の暗号化が無力化されるため、QCでも破ることのできない暗号化の手法。NISTが音頭をとって206年より公募。現在2024年に最終版の一部を発表した。

Finke氏の講演をそのまま貼っておくと。

なお、Finke氏の講演では、いくつかの表が示されたが、それぞれに関して詳細な説明はなされなかった。後で、色々な記事がFinke氏の会社であるGlobal Quantum Intelligence(GQI)から発表されていることを知ったのでそれを全部読んで補足してみた。Finke氏の持ち時間はわずか20分でこの大きく深い題目を話すにはあまりにも短っかった。

Finke氏の講演の表・図を理解するのに参考にしたGQIの記事は以下。

GQIの関連の記事

ところで、もう少しNISQとFTQCを詳しく比較してみよう。別枠参照。

NISQとFTQC

NISQ

NISQはNoisy Intermediate Scale Quantumの意味で、CalTechのJohn Preskill 教授によって2018年に命名された。個々のQubitやゲートの信頼性が低いため、それらを使用した大規模な量子回路を組めない。英文では中規模となってるが、筆者は小規模だと思っている。NISQでは、実験やQCがどんなものかの感触を得るくらいしか出来ず、それに基づくalgorithmもかなり無理している感がある。

FTQC

物理的なqubitやgate演算中にの精度を上げるために、演算中のエラーを自動訂正することができたQC回路からなるQC。元々開発されたQCのアルゴリズムはそんな完全な機器を想定していたので、とても問題の多いNISQでは実行できない。

実はPreskill教授は2023年のQ2Bシリコンバレーでこの辺りも20分の講演で述べている。この解説は別のブログで。。。。

実際どのようにNISQからFTQCに移行するのか?

今回のDoug Finke氏の講演は「今後のNISQとFTQCの競争・競合」であった。一般に言うとNISQが進化して(局地的にはQubitのdecoherence時間が伸びて更にゲートでの演算の信頼性が伸びて、回路全体でもエラーが発生した際にそれを自動で検知して訂正して大きな回路を組むことができるようになり)FTQCに至る。

NISQとFTQCの関係はNISQが進化してFTQCになると考えることができるが、ある日突然NISQが全てFTQCに全部置き換わるわけではない。例えば、MSのWin11が発表されて暫くになるが、未だにWin10を使用する会社や団体・個人も少なからずいる。同様である。また、ある特殊・特別なアプリケーションや適応分野であれば、NISQがまだ適用される場合もあるだろう。

Finke氏は講演の中で3つの図・表を示している。それらは全てこの記事に示され簡単な説明が付られている。もっとも図・表の順番は、図3、図1、図2の順番だ。

それでは、どうなるとNISQからFTQCに移行したと見做せるのか。Finke氏はこの記事の中の表でそれを述べている。もとの表は記事の図3だ。表は若干複雑でみにくいので筆者が以下に簡素化してみた。

上の図はFinke氏の表の中身を若干書き直している。まず、Finke氏の元の表では、進化したNISQとEFTQCが重なるという氏の説明がはっきりと示されていない。そのため、筆者は上の図のように書き直した。少し困惑したのは、GQIの「How to Assess (Quantum) Uncertainty – GQI Guide for Investors」の中の図1では進歩したNISQが進化してEFTQCになるような表現の仕方をされていることだ。これでは、進化したNISQとEFTQCが重ならないように見える。更に、システムとして物理的なエラー率と論理的なエラー率は、gateの2 qubitオペレーションで、正確度・忠実度・精度を何%に仮定するかによって変化する。それぞれ一番良いものを選んで書いた。また、少しわからないのは、どんなにFTQCが進化しても物理的には同じエラー率だというのは、そうなんかなあと思う。エラー訂正を完全に取り入れなくても、Qubitやgateの製法を改善すれば、精度・正確度・忠実度が改善すると思うのだが。これは少し考えてみよう。

簡単に説明すると。

  • 現在のNISQ は今後も進歩するが、演算がキロQuopsのレベルに留まる。
  • 2025年から2029年に掛けて、初期レベルのFTQC、EFTQCが台頭してくる。この時期はNISQとEFTQCは共存する。当初メガQuopsのレベルだが2029年に近づくにつけギガQuopsのレベルに達する。Shorのアルゴリズムのレベルに達するのは、Terra Quopsの域でないと不可能であり、かなり時間を有する。当然EFTQCでは無理。
  • EFTQCが達成されるために、NISQに比較して、最低でも論理的回路のエラー率が1,000倍以下になる必要がある。

NISQとEFTQCが混在する時、数千のQubitのNISQを選択するのか数百のQubitを網羅した(E)FTQCを選択するのかという悩ましい問題に遭遇する。

(中)に続く。。。リンクはここ