量子化学計算、QunasysとQuantinuumの場合 (Q2B Tokyoの発表から)

(注:以後量子コンピュータはQCで表現する。)

QCの応用分野はどこだろうか。良く言われるのは

  • Simulation、
  • 組み合わせ最適化、
  • 機械学習、
  • 暗号化

などだ。

Simulationは範囲が広く、自然界の分子・原子間の反応や動きを模倣するものや、金融などの人工的なものまである。量子の世界を利用して計算するQCは量子の世界を模倣するには最適だ。

組み合わせ最適化 のプレゼンはQ2Bでも数個あったが、どうも実際に使用されて有益だと言う例がある割には、今のレベルでは一般には役に立たないという意見が多々あり、このギャップに悩まされている。筆者の理解では、現時点ではある特定の問題には有効なんだなということだ。もっとも、西森教授ご指摘の量子の死の谷を抜け出すためには、応用できる問題を探して、それを的確に解くというのも1つの方法なので、決して悪いことではないが。

機械学習は、Googleが力を入れており、変分法と絡めてそれなりに有効だと言う理解だ。

暗号化には大きな期待が掛かっているが、現状ではまだ公開鍵ベースの暗号を破ることができるQCの開発(システムとして、アルゴリズムは開発済み)にはまだ十から数十年掛かるとも言われている。QCが実用化された暁には、今の暗号化の技術は役に立たないので、米国の国立標準技術研究所は現在それ対応の暗号化の技術を公募して、最終版を発表している。それには、次の記事を参照。「米国立標準技術研究所(NIST)、4つの「ポスト量子暗号」アルゴリズムを選択」。

もちろん、どの分野に有効かという質問の答えは、誰に聞くか、どの記事を読むかなどによるのだけど、筆者の現在の肌感覚では、元々の量子の動きを的確に反映しているQCは自然界のSimulation、つまり化学や材料の量子計算に一番最適だと思う。この点は色々と議論があることは十分承知しているが。

量子化学計算

Q2B Tokyoでは、量子化学計算に関しては、Qunasys社とQunatinuum社のプレゼンを聞いた。三菱ケミカルJSRもこの領域ではあちこちのメディアに登場する。このコンファレンスでも、三菱ケミカルJSRによる発表もあったが他のと重なったため聞いていない。数週間後に全てのセッションのvideoが発表されるとのことで、三菱ケミカルとJSRの発表を見てから、このブログに追加することがあればその際追加する。

Qunasys社とQuantinuum社のロゴ

量子化学計算は技術的なところは非常に難解で(と言うか、QCそのものが難解であるが)、筆者のブログは一般的に概要に留めているので、詳細には触れない。

最初にQunasysに関しては、Q2B Tokyoの共同スポンサーであり3コマ持っていたので、全て聞いた。1つは、CEOの楊 天任氏のkyenoteともう1つは研究のまとめ、もう一つはかなり技術的なもの。ここであまり技術的はことは述べずにまとめの発表(発表者は菅野恵太氏)とQunasysのウエブサイトから、大まかなところをまとめてみる。

一方QuantinuumはQCのソフト開発をしていた Cambridge Quantum ComputingとIon Trapped型のハードを開発していたHoneywellのQC部門が合併して出来た新しい会社だ。プレゼンは山本憲太郎氏。

Qunasys

まずQunasys。

従業員31名のうち、14名が博士号を持っているという超研究会社。発表者の菅野氏も博士。

講演する菅野恵太市

Qunasysは典型的なStartupで大阪大学からのスピンオフ(この辺りの経緯は、ここで述べられている)で今も大阪大学の教授の高名な藤井啓祐教授や数名がアドバイザーとして参加している。菅野氏はQunasysの活動を次のスライドにまとめている。

プレゼンより、Qunasysの業務

この中で、量子化学計算に使用されるのは、Variational Quantum Eigensolver (VQE)だ。VQEの説明は簡単で物理の法則を応用して、求めたい値はシステムのエネルギー状態を一番小さくする値だ。以下のスライドに簡単にまとめられている。

プレゼンより、簡単なVQEの説明

量子化学、量子材料計算といっても、もう少し詳しくいうと、以下の分野に応用できる。

プレゼンより、VQEの応用分野

残念ながら、VQEは以下のような問題点がある。

プレゼンより、VQEの問題点

Qunasysはこれらの問題を改善するため研究を続けており、成果を出している。それに関しては、論文となって発表されており、その1部は

論文1:「Quantum expectation value estimation by computational basis sampling

論文2:「Local variational quantum compilation of a large-scale Hamiltonian dynamics

その他にもQunasysとして2018年の創業から、四年で論文29本執筆して発表している。

他の活動としては

オープンソースのライブラリ開発

  • 名前はWIP:現在開発中

Qamuyの開発・運営

QPARCの運営

Qunasysのウエブサイトによれば、「QPARCは、量子コンピュータを活用して新しい材料開発の可能性を発掘するコミュニティです。講義だけでなくユースケースの探索まで取り組むことで、スキルの習得と世界に先駆けた実応用の創出を目指します。」。メンバーは50社以上。その一部は以下に示されている。

プレゼンより、一部を抜き出した。

全てのQPARCメンバーはここに。

プレゼンには含まれなかったが、筆者が特記したいことも2−3ここで

  • Quantum Native Dojo:量子コンピューティング初学者のための自習教材。(筆者も時々参照)
  • Qulacs:量子回路シミュレータ。Quansysのうえぶより、「オープンソースの高速量子回路シミュレーターです。大阪大学藤井研究室で開発された技術をベースに、QunaSysの研究開発やQamuyの基盤技術となっています。」
  • Qmedia:量子技術に関するメディア。

良くまとまっているので、プレゼンのスライドをそのまま貼ると。

プレゼンより

Quantinuum

プレゼンは山本憲太郎氏。

講演する山本憲太郎氏

Quantinuumは先ほど触れたように、Honeywell Quantum Solutions(HQS)とCambridge Quantum Computing(CQ)の合併から2021年11月30日生まれた。Honeywell側はQCのハードを、CQC側はソフトを持ち寄った。株の配分を見ると50%以上をHoneywellが所持しており、QuantinuumはHoneywellの子会社であることは明らかだ。更に、CEOはCQのCEOであるIlyas Khan氏で、President/COOはHQSのTony Uttley氏だ。妥当な人選だろう。CQとHoneywell/HQSとは結構長年協業をしており、QCのハードとソフトを双方兼ね備える会社を設立するのはごく当然な流れだろう。現時点でQuantinuumは全世界で350人以上の研究者を抱えているそうだ。(山本氏のプレゼンより)。

QCの動きはハードとソフト双方に速く進歩しているが、現在はQCの応用分野やそれに直接関わってくるソフト・アルゴリズムの重みが増している。Quantinuumは日本支社もあるが、これは元々のCQの日本支社で、合併から8ヶ月経ているがまだ完全な統一が行われていないのではなかろうか。(因みに日本Honeywellの本社とQuantinuumは日本支社は同じ場所にはない。)

Honeywellは超大企業だが、日本ではあまり馴染みがないかもしれない。

ハネウェル

ハネウェルHoneywell 、日本語読みでは「ハニウェル」とも)は、1886年に設立されたアメリカ多国籍企業であり、電子制御システムや自動化機器を製造販売している。アメリカ航空宇宙局ボーイングアメリカ国防総省に技術サービスやアビオニクスを提供している会社である。

フォーチュン100企業の1つであり、現在約13万人の従業員(うちアメリカ国内で58,000人)を抱える巨大企業である[2]。本社はニュージャージー州モリスタウンにある。

現在のハネウェル・インターナショナル (Honeywell International Inc.) は、ハネウェルとアライドシグナルが1999年に合併して誕生した企業である。アライドシグナルの方が規模が大きく、ニュージャージー州モリスタウンのアライドシグナルの本社を今も本社としているが、ブランド名として有名なハネウェルを社名に残した。

ハネウェルのブランドは一般消費者にもよく知られている。特によく知られているのは住宅用サーモスタット、ギャレットのターボチャージャー、プレストン/フラム/オートライトのブランド名で売られている自動車部品などである。

Honeywell wikiより

市場評価額 は$125B程度で、日本円で概算すると、約17兆円。

まずは、製品の概略。

QuantinuumのQCインフラを表す図

山本氏のプレゼンの最初はInQuantoの立ち位置だが、ハード(HoneywellのH-Seriesおよび他のハード)、その上にSDKが乗っている。SDKのTKETは元々はCQの製品だった。(TKETの解説記事はここ)上に3つのアプリケーション分野をサポートする。その1つが量子化学計算で、そのパッケージはInQuantoと呼ばれる。これも、元々はCQの製品だ。ハードは簡単にいうとメディアに頻繁に登場するIonQと同様のIon Trqapped型だが、IonQの方式とは異なる。(注:違いの詳細はこのブログの範囲を超えるので、これ以上は述べない。)

ところで、QCのSDKの一般情報はあまり記事がないということで、主なSDKの情報もここに示す。

QCのSDK

2つのソースから現在存在する主なQC SDKを記してみる。

最初はのソースAI Multiple社のウエブより、引用した。

量子コンピュータのハードの上の開発環境、出典AI Multiple社のウエブ

もう1つのソースは

Quantum Computing Reportの記事はどのSDKがどのハードに使用できるかも示されている。詳細は記事を参照。

残念ながら、オープンソースであるTKETはどちらの記事にも登場しない。理由は色々とあるだろう。単にユーザーの数が少ないこともあるが、元々の開発元が合併前のCambridge Quantum Computing(イギリス本社) で米国ベースでなかったことも理由があるかもしれない。

大部分はオープンソースで提供されている。過去にSDKのダウンロード数を発表した記事があったが、今見つけることができないが、記憶ではQiskitがダントツに多かったと思う。更に、QiskitはIBM以外のQC プラットフォームでも使用可能になっている。

話はQuantinuumに戻って、量子化学計算用のライブラリーのInQuantoだが、その中身をQuantinuumのbrochureの一部を切り取って提示している。一番上は応用分野で、下はInQuantoの中にどのような機能・アルゴリズムが含まれるかを記述してある。

Quantinuumのブロシュアより

幾つかの特記に値する点を次に並べると

  • 更に、NISQで実行するには大きすぎる分子構造の場合、古典的手法を 埋め込み、全体を小さな断片に分けて、それを量子的に解析。それを総合して解析する。(山本氏のプレゼンとForbesの記事より、まとめは筆者)
  • QuantinuumのQCは直接および、MicrosoftのクラウドシステムであるAzure経由でアクセスができる。

最後に

QCが研究・開発の真っ只中であることは承知しているが、この2つの会社を比較すると、大学からのスピンアウトであるQunasysは研究開発に力を入れて、広くQCを広めるための活動をしており、Quantinuumは、もちろんそれも行っているが、どちらかというと大企業のスピンアウトとして、もう少しビジネスよりの感じがした。しかしながら、この分野が正に研究・開発のど真ん中にあるということは、菅野氏山本氏はどちらも東京大学の博士で、前者が物理で後者が化学専攻であることも興味深い。更に言えば、どちらもLinkedinに英語で登録しているところもなるほどと思う。蛇足ながら、日本ベースの会社で、英語圏の記事やwebで、QCに特化した会社として名前が出てくるのは、QunasysとBlueqatである。

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