キャズム理論から見る量子コンピュータ(QC)

Q2B Tokyoで伝説の西森教授の基調講演を聞いて、それをまとめようと思っていたら、あちこちでまとめられている。

で観点を変えて、以下のkeywordでQCの現状と今後に関して、話をつないでみる。

  1. 西森教授の基調講演
  2. IBM Quantumの講演
  3. 大企業の研究開発部門
  4. Geoffrey Moore氏の「Crossing the Chasm」日本語ではキャズム理論

まずは、個々について簡単に述べる。

1. 西森教授の基調講演

Q2B Tokyoで基調講演する西森教授

その中の1枚のスライドに、以下がある。

西森教授の講演の中の1枚のスライド

西森教授のお話は前半の量子の死の谷と、後半の量子アニーリングの話と現在の活動の紹介だった。後半は割愛して、前半の話だけ。スライドにあるように、現在はNISQ真っ只中で、これが誤り訂正を自動で行える誤り耐性QC(FTQC)ができる2030年までは、実用化への道は足踏みしそうだ。(注1:グラフの横軸は月日で、縦軸は発展の度合い)現在からそれまでの八年間は量子の死の谷だと言うことだった。つまり、現実が期待にそぐわないため、人々がこの技術に対する信頼を失って、そのため研究開発のための資金が底を突くかもしれず、またこの分野に進もうとする人の数も激減するかもしれない。そして、AIに有った冬の時代が来るかもしれず。そして、技術が死んでしまうかもしれない。この期間をどうやって乗り切るか。

もちろん、例外もある。それは、この真っ只中にいて、改良を続けている人々だ。その人々に取っては八年は短い期間かもしれない。例えばNISQのハードを改良し続ける人、NISQの上のアルゴリズムを改良し続ける人、理想QCから理想部分を削りながら、よりNISQに近い環境で実行可能にするアルゴリズムを開発する人。エラー自動訂正機能を開発している人なのだ。

しかし、外から見ている我々にとってみれば、八年は長い。「なんだ、QCって話だけで、何にもできないじゃないか。」という感想を持って、興味も失われてその関係もあって2030年に到達しないかもしれない。

と言うわけで、この量子の死の谷をいかに乗り切るのかが問題だ。西森教授はたくさんのQuantum Simulationを行うことを提案していた。

2. IBM Quantum

IBMのAparna Prabhakar氏はIBM Quantumの話をしたが、そのうちの1枚のスライドに注目した。

講演するIBMのAparna Prabhakar氏
IBMのAparna Prabhakar氏のスライド

このスライドを見ると、西森教授の図と重なる。NISQとFTQCの間には大きなギャップがあり、なかなかそれを埋めることができない。埋めるのは「Quantum inspired」だということだ。つまり、QCの理解を深める古典アルゴリズムを構築しようと言うことだ。西森教授の提案のようにこれは「Quantum Simulationを行うこと」とも言える。

3. 大企業の研究開発部門

これはどういうことかと言うと、大企業は大体事業部と研究開発部門があり、理想的には研究開発部門が開発したものを、事業部が完成させて製品として市場に売り込む。でも、大抵の場合、研究開発部門は事業部を泥臭い情弱と思っており、事業部は研究開発部門を役に立たないものを作って遊んでいるオタクだと思ってる。

かくいう筆者も日系の大企業に勤めたことがある。米国で採用されて働いたが、その部門は日本の研究所らしきものの出店で、その親元は研究所でもなく、事業部でもないものであった。本当のことを言えばそのような部署が研究所と事業部との橋渡しをすれば良いのだが、日本のその部署の皆は自分達が研究所だと思っており、山のごとく小さなプロジェクトがあって、あまり実用的な結果は出していなかった。

横道に逸れたが、実際に企業の中で、研究開発の結果を事業部に役立てようと思うのであれば、双方が歩み寄らなければならない。よく行われるのは、研究開発部門が開発したプロトタイプを持って、その開発者たちが一時的にでも、事業部に移籍して最終的に製品に仕上げる。その逆もあり、受け取る立場の事業部から何人かが開発部門に移籍して事業部の要求を製品に反映させると言うのもある。

上の2つの例とよく似た話である。QCに限って言うなら、IBMが言っているように、NISQとFTQCを近づける必要がある。ちなみに、William Hurley氏も同じコンファレンスで、同様のことを言ってる。

4. キャズム理論

キャズム理論と言うのがある。以下に簡単にまとめると。

キャズム理論

ハイテク業界において新製品・新技術を市場に浸透させていく際に見られる、初期市場からメインストリーム市場への移行を阻害する深い溝を「キャズム(Chasm)」と呼び、従来のイノベーター理論における「普及率16%の論理」を否定したマーケティング理論のこと。

詳細はここから。

キャズム理論のWikiより( 図も)

これは、もともとGeoffrey Moore氏が彼の著書の「Crossing the Chasm」で唱えた理論だ。メチャクチャ簡単に言えば、初期市場とからメインストリームの市場に移行する際には、大きなギャップ(キャズム)を超える必要があると言うもの。このギャップを乗り越えられないと当初有望と思われた製品などが、結局大きく展開できずにいつの間にか消えてしまうことも多々ある。

注2:このグラフの横軸は時間で、月日と考えても良い。縦軸はその時点でその製品やサービスを支持している数。西森教授のグラフとの違いはラフに言えば、キャズムのグラフがその場での支持の数に対して、西森教授のグラフは累計を示していると言って良いだろう。)

初期市場で支持する購買層とメインストリーム市場で支持する層が大きく違うからだ。初期市場では、アイデアが良ければ少々の問題は目をつぶってくれる。たとえ問題が多くても、普通より手間が掛かっても、自分の全てのニーズを満たしてくれなくても、高価であっても、その製品に惚れ込んだ層はそういう短所を見逃しても買ってくれる。これに対して、メインストリーム市場の購買層の要求は、問題が極力ないこと、簡単に使えて余計な手間がかからないことや、それにも増してできるだけ安価であることだ。2つの市場の購買層は全く反対だ。

筆者はこの理論を上の3つの例も含めて1つの絵にまとめてみた。以下がその絵だ。

(注3:このグラフはキャズム理論のグラフのように、横軸は時間、月日でも良い。縦軸はその時点での支持の数

キャズム理論でQCの現状と将来を一枚で表すと。。。

Moore氏はその著書の中で、キャズムからの脱出に関してはいくつかの解法を挙げている。そのうちのいくつかをあげ、それがどのようにQCに適用できるか見てみる。

  1. 汎用的な解決法でなく、特定の分野や応用に特化して、それを満足できるような解を提供すること。QCが得意な分野として、色々と挙げられている。例えば、量子化学・量子材料計算、組み合わせ最適化、機械学習、や暗号などだ。今回コンファレンスで聞いた中では、QuantinuumやQunasysは量子化学計算に特化している。全ての分野を追いかけるのではなく、こういったある分野に集中した努力も大切である。
  2. 製品そのものだけではなく、それを取り巻くエコーシステムも構築する。例えば、量子化学計算だけでなくそれを取り巻くものに対する解も提供することに対応する。

その他、「提供する製品やサービスの立ち位置をはっきりさせる」や「正しい値付けを考慮する」や「製品に合った販路を確保する。」などだ。

おまけ

ここで終わっても良いのだが、もう1つおまけ。では、有名なGartner 社のHype Cycleとはどう言う関係だろうか。QCとHype Cycleに関しては、以前のブログに書いた。簡単に言うと2018年に一番Hypeが高くなって、後数年でQC実現と書いてあったが、それ以降QCがHype Cycleから消えた。毎年8月に更新されるので、今年も間もなくだろうが。。。

(注4:Hype Cycleの横軸は時間、月日でも良い。縦軸はその時点での期待度・熱狂度

Gartner社のハイプサイクル

ハイプ・サイクル wikiより、一部を抜粋

1995年以来、ガートナー社はハイプ・サイクルを用いて、新技術の登場によって生じる過度の興奮や誇張(hype、ハイプ)、そしてそれに続く失望を説明している[2]。 それはまた、技術がいかにしてそしていつ次の段階に進み、実際に利益を生み出し、そして広範に受け入れられるか、も示す。ガートナー社の唱えるハイプ・サイクルの目的は、現実から誇張(ハイプ)を切り離すことにより、CIOCEOが特定技術の採用可否を判断できるようにすることである。この種のサイクルの歴史的展望については、経済学者のカルロタ・ペレス(Carlota Perez)の研究の中に見ることができる。

筆者注:ちなみに、Gartnerは毎年、1,500程度の新旧技術を吟味して、100程度のHCのカテゴリーに分けて、それぞれの中で、それぞれの技術がどの位置にあるかを決定しているとのことだ。その中で一番有名なHCが先端技術を評価するETHCだ。莫大な作業だ。

ハイプ・サイクル wiki

これも簡単に言うと、最初は新しい技術が凄く有望に見えて、期待がどんどん高まる。しかし、ある地点まで来ると、思ったより進捗がないので、幻滅状態に陥る。そこから、現実的に見れるようになってゆっくり進捗が見られてメインストリームの市場へと向かう。と言うところだろう。QCに大胆にHype Cycleとキャズムの絵を重ねてみた。

簡単にコメントして置くと、初めて実機ができて期待が最高潮に達する。初めてのNISQが完成と書いてある矢印。曲線が平行になる辺りがキャズムを乗り切ったと思われる。(その時点が2030年くらいではなかろうか。)現在はその間(現在の位置と表記)、どの程度幻滅度があるかは、人によって異なる。あるコンソーシアムの手伝いで講演会の講師を探す手伝いをしている。当初はこのQCの講演会たくさんの参加があったが、最近は急速に減っている。どうも、後10年くらいは目に見える結果がでないという評価が一般に広まったからだろう。

最後に

最後に思うことを2-3述べてみる。

  • あまりにも、QCの話がキャズム理論で綺麗に表されるので、気持ちが良い。更に、Hype Cycleともぴたっと整合性がある。
  • どうやら、QC界隈では、エラー自動訂正が QCの最低条件で、それが満たされるのは2030年というコンセンサスができているようだ。もともと、Googleが2029年までにエラー自動訂正を組み込んだQCを発表すると宣言したのが最初。そのうち、それに言及する人が増加して、ぐるっと回って何かそれがもう決まったようになっている。一般に技術分野でよく言われるのは、もっとずっと時間が掛ると思っていたことが意外に早く達成できたり、すぐにできると思われてたことが、時間が掛かったりする。全く、何の根拠もなく、こういった観察を適用するとエラー自動訂正は2030年には完成しないが、QCの実用化は今言われている2040-2050年よりかは、早く一部の分野で実用化されるのではなかろうか。こもまで来ると「当たるも八卦」の占いの領域だが。

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