よろずQCのZen問答:量子コンピュータ(QC)とGartnerのハイプ・サイクル

Blueqatの湊氏の追っかけを自認していたが、湊氏の発信量が多すぎて諦めた。そこで、次のblogネタを探していたら、例年のGartner先進テクノロジー・ハイプサイクル 2021(Emerging Technologies Hype Cycle、以後ETHC)が8月に発表された。ご存知のように、太陽が東から登り、西に沈むように、8月になるとこのETHCが発表される。ある意味先進技術の道標のようなもので、これがなければ、今年は暮れない。というか多くから絶対の信頼を勝ち得ている。Gartner社は年商4,400億円程度で、市場評価額2兆8千億円の大企業である。その影響力は莫大なものがある。だから、IT業界はGartnerが話せば、皆耳をすます。

注:なお、このblogで提示するハイプサイクルの図は全てGartner社によるもので、全てのcopyrightはGartner社に属する。

Gartner社のハイプサイクル

一部を抜粋

1995年以来、ガートナー社はハイプ・サイクルを用いて、新技術の登場によって生じる過度の興奮や誇張(hype、ハイプ)、そしてそれに続く失望を説明している[2]。 それはまた、技術がいかにしてそしていつ次の段階に進み、実際に利益を生み出し、そして広範に受け入れられるか、も示す。ガートナー社の唱えるハイプ・サイクルの目的は、現実から誇張(ハイプ)を切り離すことにより、CIOCEOが特定技術の採用可否を判断できるようにすることである。この種のサイクルの歴史的展望については、経済学者のカルロタ・ペレス(Carlota Perez)の研究の中に見ることができる。

筆者注:ちなみに、Gartnerは毎年、1,500程度の新旧技術を吟味して、100程度のHCのカテゴリーに分けて、それぞれの中で、それぞれの技術がどの位置にあるかを決定しているとのことだ。その中で一番有名なHCが先端技術を評価するETHCだ。莫大な作業だ。

ハイプ・サイクル wiki

そうしたら、その中で下のように、量子機械学習(Quantum ML, QML)が一番「期待度」が低いところに位置している。ここで、何かおかしいと感じた。まず、わざわざQMLと特定しており、QCとは書いてない。最近のQCへの興味や期待度を見ると、なんかがおかしい。そこで、過去のETHCを見直してみた。

Garnter社による2021年先進テクノロジー・ハイプサイクル矢印のところに量子MLが位置している。

そうすると、

注:下の一連のグラフを参照のこと。

QCは2011年より(2010年には登場しておらず、それ以前は見ていない)ETHCに登場している。2011-2014の間は「期待度」はかなり低いところに位置している。ところが、2015年から2017年に掛けて徐々に「期待度」が上昇している。2017年には「期待度」は半分くらいまで上がってる。ここまでは、実現まで10年以上となってる。ここからが、面白い。2018年には「期待度」はかなり頂点に近づいている。しかも、実現まで5-10年となっている。これはちと気の早い。では、2019年は2020年はというと、これが摩訶不思議だが、消えている。普通2018年にここまで「期待度」が順調に増加したのであれば、2019、2020年はさぞかし上に来てるだろうと思うのだが、完全に消えている。

注:それぞれの年のETHCは一番下に提示した。それぞれの日本語の記事は囲みに。

2017から2021までのガートナー、先進テクノロジーハイプサイクルの記事

記事は、Impress社(2018-2021年)とMynav(2017年)による、は以下にまとめた。

ここからは筆者の妄想だが、2018年に後5-10年で実現すると書いている。2019年時点で、これは無理と気付いて、やりすぎと思って、2019と2020は姿をくらましたのかと思ったのだ。が、他の調べ物をしていて偶然発見したのだが、実は2019年と2020年もちゃんと違うHCに載っていた。実は、Gartner社は毎年100以上のHCを発表している。QCは2019年にはAIのHCに載っていた。実現までは10年以上と、5-10年と書いてあった2018年から特に説明なしで後退している。AIのHCでは、この年2019年に新たに8つの技術を紹介しており、そのうちの1つがQCとなっている。QC以外の7つは直接AIに関わる技術で(外枠に提示)あるのに対して、QCの説明には、一般的な応用(創薬、量子化学、暗号などよく知られている応用)の他AIに関連するMLへの応用が述べられている。

2019年AI HCの新しい8つの領域

  • AI Cloud Services
  • AutoML
  • Augmented Intelligence
  • Explainable AI
  • Edge AI
  • Reinforcement Learning
  • QC
  • AI Marketplaces

これを見ていると、確かにQCはMLに貢献するのではあるが、これだけAIに特化した技術の中に含まれるのは不自然な感じがする。

それぞれの詳細はMediumの記事を参照。

Gartner社の2019年AI HC

QCは2020年にはCompute Infrastructure HCに載っていた。2019年同様、実現までは10年以上と、5-10年と書いてあった2018年から大きく後退している。、

Gartner社の2020年のCompute Infrastrucrure

2020年は「期待度」はピークに達しているとされたが実際には実現まで10年以上と示されている。この翌年の2021年には、他のHCから消えてETHCにQMLが掲載されているというのは、理解に苦しむ。QC本体はどこかのHCに載っているのだろうか。このblogを書いている段階では、まだ発見できずにいる。

次の表は最近発表されたBoston Consulting Group (BCG)の記事の図を筆者が変形して、GartnerのETHCに登場したかどうかを示す。

Boston Consulting Groupの記事の図を筆者が変更して表にした。2020年と2021年はBCGのレポートに表記はなかったが、筆者が追加した。

筆者所感

  • 今回のblogはGartner社の恒例の年1回のGartnerの先進テクノロジー・ハイプサイクルをネタにしてみた。
  • つい最近BCG社が出した現在と未来のQCの技術と市場の記事をblogで解説したが、未来も見据えてGartnerのETHCは過去にはどう捉えていたか興味のあるとことだ。2010年にはまだQCはETHCには登場していない。2011年から2018年までは、毎年登場。その際実現まで十年以上となっていた。まあ、最短10年とすると2021年から2028年ということになる。どうも、これはちと早すぎるだろう。しかし、10年以上ということで、別にその後でも、外れているとは言えないだろう。2031年位にエラー自動訂正機能が標準になるようなことをBCGは言ってる(下の図を参照)。自動エラー訂正が可能になれば、制限を付ければある分野のある応用には適用可能になるかもしれないからだ。
BCGのレポートのテキストを元に筆者が図にしたQCの発展の時間軸
  • Gartner社のETHCはそんなに信用できるのだろうか。2018年に5-10年としていたので、2023年から2028年だが、今の情報をもとにすると、これはちと先走りだろう。その説明は残念ながら、まだ見つけることができない。サービスを買っていたら、どこかに書いてあるのかも知れないが。しかも、2019年と2020年はQCが属するカテゴリーを突然変えてしまった。もちろん、Garner社の情報をタダで見ている身としては文句は言えないのかも知れないが、随分突然で唐突だという感は拭えない。
  • ところで、他にも同様なことを考えている人はいるのかと探してみた。そうするといた。The Registerは英国のテクノロジーニュースを提供する会社で主にオンラインで活動している。「Gartner Gartner on the wall, which is the hypest cycle of them all?」という記事でGartner社を皮肉ってる。白雪姫の悪い女王が世界で一番綺麗なのは誰かと鏡に聞くときの「Mirror mirror on the wall, who is the prettiest of them all?」のパロディーだ。この記事は今年の8月24日付である。GartnerがETHCを発表したのは、8月23日である。まさに、この発表を受けての反応だろう。記事を書いたLindsay Clarkは、ある技術がある年のETHCのリストに現れたと思うと、数年後にはなんの説明もなしに消えていると書く。例えば、Smart Dust, 4G printingやGeneral Purpose Machine Intelligence などだ。QCに関しても、無作為に現れたり消えたりすると述べている。2011-2018と登場していたのが、2019, 2020と消えて、2021にはその一部のQMLが登場したことを言ってるのだろう。QCは2019年はAI、2020年はCompute Infrastructureのハイプ・サイクルに移動しているが、その説明もGartnerからはない。その他の技術でも、2021年に突然登場して、かなり「期待度」が高いとされているものが、今年まで前の年には全然登場していなかったり、一貫性がない。最後は一番の皮肉で締め括っている。「Maybe we are indeed entering the season when if you believe something enough, it just might come true.」「あることを本当に一途に信じれば、実現するのかも知れない。」因みに2021年のハイライトは、quantum machine learning(QML), machine-readable legislationとhomomorphic encryptionだ。
  • 一緒になってGartnerバッシングをしてきたが、少しGartnerを弁護してみよう。一般的に毎年現れる技術を含めて、毎年約1,500の技術の中から、2ダースくらいを選択してそれぞれの位置をリストで決定するのは容易ではない。ある年にこれは確実だと読んで、近々大きな進展があると思ってそう表記しても、その後思いもかけない事態が発生なんてことはあるだろう。2019年に消えたのはそのせいだろう。2018年に実用まで後5-10年と書いて、その後の展開を見れば、そんなわけないだろう。じゃあ、2019年はどう書く?とりあえず載せないで状況をみようということになったのではないだろうか。
  • 1つ言えることは、どんな市場調査会社・アナリスト会社でも未来を正解に読めるわけでもなく、記事やレポートを書いてる人は生身の人間であって、たまには間違うだろう。筆者のように、ETHC上である技術を10年にも遡って検証するような暇人はそうはいまい。Gartnerに限らず、BCGだってAmazonの「Braket 」を間違って「Bracket」と表記したり、Amazonが超電導方式のQCハードを開発したりとか表記している。

最後に以下には2011年から2020年までのETHCを提示してみた。上で述べた様に、2019と2020年の両年はQCはETHCには登場しない。QCの場所は分かりやすい様に、矢印をつけた。

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

2016年

2017年

2018年

2019年

2020年